建築一筋の工務店社長は、なぜ小さな町の駅前にうどん屋を開いたのか?
宮崎県内では一部の駅を除いて、電車は1時間に1本しか走りません。自動改札がなく、交通系ICカードも使えず、係員がいるのも昼間だけ。新富町の玄関口である日向新富駅も、そんな宮崎によくある駅のひとつです。残念ながら駅前のにぎわいはイマイチで、お店もほとんどなく、夜は急ぎ足になるほど暗い印象です。
そんな駅前に、1軒のお店がのれんを掲げました。うどん屋の「しんまち食堂」です。
“おふくろの味”を求め、兄妹で飲食店に初挑戦
しんまち食堂のうどんは、柔らかくもほどよくコシがある麺が特徴。いりこ、かつお、こんぶを使ったあっさり出汁によく絡みます。夜になれば、だれやみ(一日の疲れを癒す晩酎を指す宮崎弁)ができるよう小上がりの席も用意されていて、壁にはキープされた焼酎のボトルがずらりと並んでいます。
「だれやみできる場所にしたいと思ってオープンしたっちゃけど、今のところ夜もうどんの方が人気やねぇ」と笑うのは、しんまち食堂を開いた川野俊博さん。つなぎの作業服姿という、飲食店らしからぬ格好をしています。
それもそのはず、川野さんの本業は、新築工事や住宅リフォームを請け負う工務店の代表です。当初はバリアフリー工事の経験を活かして、福祉用具の販売店を開くつもりでしたが、資金の関係で断念しました。
川野さん自身に飲食業の経験はなく「皿洗いしかできん(笑)」そうですが、妹の石田美知代さんが調理師免許を持っていたことから、うどん屋へと方針転換。兄妹とも、うどんには深いこだわりがあったと語ります。
「おふくろの作るうどんとお稲荷がね、ひいき目に見ても美味しかったとよ。店を出したら?って勧めてたくらい。だから、飲食店をやるならお稲荷も出すうどん屋をやりたいなって」
こうして2022年10月1日、しんまち食堂のオープンへと至りました。看板商品は、もちろんうどんとお稲荷。特に、たっぷりの具とジューシーさが売りの、おふくろの味を引き継いだお稲荷はリピーターが多く、一度に5個も10個もテイクアウトされるとか。同じく人気が高いニンニク醤油で味つけた唐揚げとともに、売り切れる日もあるそうです。
川野さん一番のおすすめは、うどん・お稲荷・唐揚げが一度に楽しめる、しんまち定食。「平日の夜は少し暇だから、だれやみにきてくんない!(笑)」と語ります。
駅前にこだわった理由、店名に込められた想いとは?
店を構えるにあたり、一番こだわったポイントが「駅前に出店する」こと。駅のある新町地区で暮らしてきた川野さんは、かつての駅前の盛況も、商店街立ち上げに合わせて次々移転し寂れていく様子も、間近で見てきました。
商工会の役員などさまざまな地域の団体活動を行いながら、それだけで満足できず、個人でも地域活性に一役買いたかったと語ります。
「住んでいる以上盛り上げていかんと、という使命感があるから。駅前出店の構想は15年くらいあたためていたかな。それに、新富町にはいろんな経験をさせてもらったかいね。ふるさと創生事業(※)の海外研修第1期生として、オーストラリアとニュージーランドに10日間行ったり。だから、町に恩返しがしたい」
※1988年〜1989年にかけて、全国の各市区町村に対し地域振興のために1億円を交付した政策。新富町では第1期となる1991年から10名ずつ、町の若者を海外へ派遣した。
自分の住む地区を元気にしたい。気軽に足を運んでほしい。「しんまち食堂」という名前には、そんな願いが込められているのです。
駅前の盛り上げは、ここからが本番だ
「もうけは首をかしげるほど、利益出るようにまずは頑張らないと」と前置きした上で、今後はお店を大きくするより、“外へ出ていきたい”と語る川野さん。
「コロナが落ち着いたらお店の外でイベントをやるとか、駅前の通りをにぎやかにする企てをしたいなあ。数年経ったら工務店は息子に譲って、しんまち食堂の2階に設計事務所を置きたいな。で、たまに皿洗いをしに1階へ降りると(笑)」
今はまだ静かな駅前ですが、チャンスも眠っています。宮崎初の J3チーム・テゲバジャーロ宮崎のホームスタジアムが、日向新富駅から徒歩約10分の場所にあり、試合がある日はサポーターが行き交うのです。
駅前の活性化に、テゲバジャーロ宮崎や航空自衛隊も取り込んでいけたらなぁ、と構想をどんどん膨らます川野さん。「思っていることは発信するようにしとる。口に出したら、実行せんといかんくなるからね」と照れくさそうに話します。
夜になっても人通りがあり、いくつものお店の明かりで照らされている。そんな駅前の光景が浮かんできたら、ちょっぴりワクワクしませんか?
【しんまち食堂】
住所:宮崎県児湯郡新富町三納代2309-1
電話番号:0983-33-6010
営業時間:火〜日 11:00~14:00、17:00〜21:00
定休日:毎週月曜日