牛飼い一筋30年の農家が続ける 「おいしい牛肉」への挑戦

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ブドウのような豊かな香り

畜産農家として30年のキャリアを持つ鍋倉隆一さん。脂身の旨みを売りにしているブランド牛肉が多い中にあって、鍋倉さんが愛情たっぷりに育てあげた「こゆビーフ」は、やわらかさの際立つ肉質と、ブドウような豊かなコクを持つ赤身が特徴。

これまで東京など県外にはほとんど流通せず、地元ファンだけに熱心に愛されてきた、ご当地ヒーローのような牛肉なのです。

鍋倉さんの牧場があるのは、木城町(きじょうちょう)。宮崎県の中央にある、畜産の盛んな町です。牧場は町の中心部から離れた静かな山あいにあり、牛たちはストレスを感じることなく、のんびりと育てられています。

口蹄疫を経て気づいたこと

2010年、宮崎県では口蹄疫(こうていえき:家畜伝染病の一つ)が流行し、約30万頭もの牛と豚が殺処分されました。

今はのどかな鍋倉さんの牧場ですが、当時は他の農家さん同様に口蹄疫で大きなダメージを受けています。

「あの時、いろんなことが本当にたくさん起こって先が見えない状況になり、牛を育てるのを断念することも考えました。そんな中で、自分は何のために牛を育てているのかに思いを巡らせるようになったんです。そしてたどり着いたのが、おいしいといってくれるお客様の存在だったんですよ」

それまでは、丹精込めて育てた牛たちも、お金などの数字でしか価値に表せなかったという鍋倉さん。

知人からの「鍋倉さんのところのお肉はほんとうまかったわ!」という声が何よりうれしかったことで、お客様の「おいしい!」を求めて再びやっていく決意ができたのだそうです。

本当においしい肉を目指す

ブランド黒毛和牛の親でありながら、出産したことで一般的には肉質が落ちるとされる経産牛。

鍋倉さんはこの経産牛を再び肥育し、7〜8ヶ月で体重を700kgほどまで育てていきます。このとき、健康で濃厚な飼料を与えることで、未経産牛よりも赤身の味が濃くなります。

肉質を左右するエサには、稲わらや茶葉、米ぬか、焼酎粕など、地元の安心・安全な食材を使用。脂身にビタミンが多く含まれることで、あっさりした食感を生み出します。理想の肉質にたどりつくまで、鍋倉さんは量やバランスを改良し続けています。

「経産牛は、出産前の牛と比べて赤身の色が濃く、脂身もほんのり黄身がかっています。一般の感覚だと赤身は鮮やかでサシもスッキリと白い方が上質なように思いがちですよね。だから、経産牛の肉が驚くほどおいしいことに、きっとびっくりされると思いますよ」と鍋倉さん。宮崎といえば美しいサシの入った「宮崎牛」が有名ですが、脂が濃く、価格が高いのも手伝って、普段からモリモリ食べるものではないです。鍋倉さんはそれを、もっと食べたい!と素直に思える味と価格にしようと挑戦を続けています。

「本当においしいものって、少しの量では満足できなくて、単純にもっと食べたい!って思うもんじゃないかな」

年齢も職業も異なるお客様と食事会やイベントなどで積極的に関わり、お客様の声に耳を傾けては飼料の改良などに生かし続けている鍋倉さん。牛について一度語り始めたら、牛への愛情がとめどなく溢れ、いつも参加者を引きつけてやみません。