口よりも料理で語る、店主こだわりの串焼き —居酒屋いっぱち
扉を引くと、カウンター5席と3つのテーブル席。宮崎県新富町で、こぢんまりとしていて落ち着いた雰囲気の『居酒屋いっぱち』は、せせり、ねぎま、砂ずり、ハツなどの鶏肉の串をはじめ16種類の串焼きが楽しめる居酒屋です。修業時代から数えると30年近くも宮崎市内で料理の腕を磨いてきたマスター・黒木重利さん(64歳)が、10年前に故郷・新富で開業。一人でちょっと1杯、また仲間とわいわい過ごせる場所として、地元の住民を中心に親しまれています。
ジューシーに焼き上がるよう、計算された手作りの串
毎日午後2時頃から仕込みを始め、午後6時からの営業に備えるマスター。自慢の串焼きは、一つひとつ丁寧に串に刺して作ります。32歳で独立し、串焼きメインの店を始めた頃から作り続けている串。調理はほぼ1人でやっているマスターには、自分なりのこだわりがあります。
「串の先が細くなっている串をよく見かけるけれど、それだと焼いた時に細い部分だけ焦げてしまう。串先は少し幅広に仕上げると全体がきれいに焼けるんですよ」。
炭火の焼き台に乗せたときの、火の当たり方が大事なのだそう。串全体が均等に焼けて、ほおばった時に肉汁があふれるジューシーさが、マスターが作る串の特徴です。串1本1本を、お客さんに美味しく食べてもらえるように長年の経験をいかして丁寧に作っています。
美味しくて、懐にもやさしい串焼き
串の材料となる鶏肉は、宮崎県産と鹿児島県産の鶏を扱う町内の加工業者から仕入れます。自身で肉を選び、手間ひまを惜しまず串を手作りするには、もう一つの理由が。
「串の状態で仕入れると、どうしても原価が上がるからね。小さい町の小さい居酒屋で、お客さんに楽しんでもらおうと思ったら、やっぱり自分で刺して作らんと」。
大手チェーン店の進出で経営が厳しい時期もありましたが、手間を惜しまず手作りし、価格を上げない努力と工夫で乗り切ってきました。
味付けは、素材の味を打ち消さないように薄味仕立て。「もう1本」が食べたくなる、いい頃合いに仕上げるように心がけているそうです。
宮崎市内の繁華街から新富町へ。迷いを吹っ切り、店と歩む日々
そんなマスターも、社会に出たばかりの頃は、料理人とは全く違った仕事をしていたそうです。どうしても料理人の夢があきらめきれず、まずは修業をと22歳で宮崎市内の西洋料理店に入り、料理の世界へ。
プライベートでは赤提灯の店が好きでよく足を運んでいましたが、ある串焼き屋のマスターと仲良くなり、自分の店を持つにあたりいろいろ話を聞いたり相談したりするようになったのだとか。
そんな出会いがきっかけで、32歳になった頃、自身も大好きな赤提灯をさげた串焼き屋を独立開業します。
「当初はバブル全盛期で、売り上げは良かったんですよ。その後景気が後退し、苦労もしましたが何とか続けて、50歳で地元に店を構えることを目標にやってましたね」。
やりたいことがあっても、経営が成り立たなければ続けられない。夢と現実のはざまでもがいていた時代を経て、ようやくたどり着いた現在の店。静かな地元・新富町だからこそ、真っすぐに等身大の自分が表現できているようです。
「宮崎市内で営業していた頃にやれなかったことを、今ここで自由にやっているんです」と、仕込みの手を動かしながら、清々しい表情で語ってくれました。
お客様に喜んでほしい。その思いを料理に込めて
ふらっと立ち寄る単身の客もいれば、グループで予約し宴会を楽しむお客さんも多い『居酒屋いっぱち』。串焼きの他にも、オリジナルの味噌で仕立てたおでんなど、一品料理もそろいます。
「刺身が好きな年配のお客さんの予約が入ったら、メニューにはなくても魚を仕入れますよ。料理もお客さんに合わせて、内容や味付けを変えたりもします。やっぱり、食べて喜んでほしいですからね」
と語る黒木さんは、本来決して口数の多い方ではありません。
「しゃべる方は得意じゃない。その分、料理が喜ばれているか、お客さんたちが楽しんでいるかは、仕事しながらでも感じ取っていますよ」。
パートさんと2人で切り盛りするため、営業時間内は手を止めることはありませんが、そんななかでも料理を通してお客さんと対話し、仕事の手応えを感じているマスター。
多くは語らない職人気質のマスターが作る、こだわりの串焼きと一品料理。新富町に来たら、ぜひ足を運んでみませんか。